CCかわさき

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川崎市環境技術情報センター
国際環境技術展2012
川崎市地球温暖化防止活動推進センター

特集:市民共同おひさま発電所が出来るまで

去る8月24日、国際交流センターで行なわれた「市民共同おひさま発電所」の点灯式。市民が10年来、抱き続けて来た夢が実現されたとあって、点灯式にはたくさんの人たちがお祝いに駆けつけ、熱気溢れる式となった。この発電所はその名の通り、企画・資金集め・設置まで全てのプロセスを市民主導で行なった市内初の「市民共同」発電所。発電量は6.5kWと小規模だが、川崎市の地球温暖化対策のための大きな一歩である。発電所の完成を記念して、プロジェクトの主要パーソン3名にお話を伺った。

フツーの主婦と仲間たちから始まった

1999年、第1回川崎市地球環境保全行動計画推進会議全体会では、参加者が5つのテーマ(ライフスタイル・廃棄物・みどり・交通・エネルー)に分かれる場面があり、どこにしようかな、と迷っていたところを飯田和子さん(写真右・初代部会長)に エネルギーグループでご一緒しましょうと声をかけてもらった。 そこから自然エネルギー推進の活動が始まったと振り返るのは、「市民共同発電所プロジェクト」のリーダー、また「かわさき地球温暖化対策推進協議会」の市民部会副部会長もつとめる、岩本孝子さん(写真左)。

「10年前に三浦半島や宮古島に設置された風力発電所を見に行って、川崎市でも風力発電が増えればいいな~というレベルでした。自然エネルギーについては、見学会や学習会など活動する中で学び、仲間からたくさん教えてもらいました。その中で川崎に最も適した自然エネルギーは太陽光発電であることも学びました。」

「活動を始める前は、大の鞄好きで、鞄やバッグを買い求めショッピングに行く事もしょっちゅうでした」と、岩本さん。それが1998年に市民の環境ボランティア活動に参加したことで多くの仲間たちと出会い、「支出額はそれほど変わらなくても、お財布から出て行くその先が変わりましたね。モノを浪費することをやめて、NPOの会費とか環境に配慮した商品を買うようになりました。お金の使い方が変わってきたんです。」
10年間のボランティア活動を支えたのは、ゆるぎない使命感というより、自然エネルギー推進の活動が楽しいからだ、という。「自然エネルギーはもっと身近なもので、自然の恵みを生かすこと、だからみんなで取り組む活動は楽しい。明るく、前向きな仲間がいたから続けられた」と岩本さん。これまで学習会にお招きした講師の方々も見守ってきてくれた。おとなり横浜の佐藤一子さん(SEP理事長)はいつも川崎の成功を願ってくれていた。

とは言え、当初は市民共同発電所設置の目標をかかげながらも、NPO法人ではなかったので資金調達もできず、数年は試行錯誤したという。次第に、地球温暖化問題の解決策として自然エネルギーがクローズアップされてくると、市民共同発電所設置をめざす活動への理解も少しずつ深まってきた。どんなときもめげずに地道な活動を続けてきた。

地域のシステムを変える

スローペースの活動に急激に追い風が吹き始めたのは、3年前。平成17年11月に「川崎新エネルギービジョン」が改訂され、飯田和子さんなどのアイデアで「市民共同発電所の設置」という項目が始めて盛り込まれたのだ。これを受けて、「市としても協力して動いていく根拠が出来た」と、川崎市環境局地球環境推進室の廣瀬健二さん(写真)。


廣瀬さんは行政や市民という枠を越え、「今回のプロジェクトの実現になくてはならなかった一人」(岩本さん)。太陽光パネルを国際交流センターという市の設備に設置するには、耐震をどうするのか、管理は誰がするのかなど、細かな調整を庁内でしなければならなかったが、廣瀬さんの熱意のおかげで、ことはスムーズに運んでいった。

そもそも「国際交流センター」という世界中の人たちが集い学び合う場に太陽光パネルを設置しよう、というアイデアは廣瀬さんのものだ。「環境大臣賞をとったブレーメン商店街が近くにあったり、(国際交流センターがある)元住吉地区は、すでに環境先端地域でした。ここに市民共同おひさま発電所が設置できたら、良い刺激になる地域のモデルになると思ったんです」と廣瀬さん。

「市民のライフスタイルの変化というけれど、大きな意味でのモデル的活動が出来たらいいかと思ったんです。レジ袋削減とか、こまめに電気を消しましょうっていうのももちろん大事なエコ活動ですが、今の時代、システム自体を変えて行く必要があります。今回のプロジェクトは、そのための提案と実践、成功事例だと思ったんです。」

市民共同発電所という考え方は新しいものではなく、かれこれ二十数年の歴史があるものだ。最初に始まったのは、デンマークの風力共同組合(1986)。現在ではヨーロッパ全土に「地域エネルギー研究所」なる地域のエネルギー事情を変えて行く核が400もある。日本も環境エネルギー政策研究所などの団体が中心になってこの仕組みを伝え、2001年に日本初の市民風車が北海道浜頓別に完成。長野県飯田市では地域の至るところに太陽光パネルが設置され始めている。省エネ!と叫ぶだけではなく、自分たちが当事者意識を持ち、お金を出し合ってエネルギー供給源をクリーンにしていく活動が広まりを見せている。

しかし、まだまだ日本では始まったばかりの方法論。日本やイギリスでなかなか自然エネルギーが普及しない(目標値だけみても、ドイツは2030年までに45%、なのに日本は2014年までに1.63%と限りなく低い)のは「地域や制度に支えがないからだ」と環境エネルギー政策研究所の飯田哲也さんは指摘する。今回の発電所の例に見るように、もっと地域の人たちがつながり合って力を合わせて、既にある先進的な事例から学び、今までにない方法論を試す時に来ているとつくづく思う。

成功は「あきらめなかったから」

平成18年には、NPO法人アクト川崎が設立され、寄付金を集める受け皿も整った。太陽光パネルを設置するには850万円ほどの予算が必要だったが、これまでの岩本さんらの地道な活動が認められ、700万円はグリーン電力基金から助成金を受けることが出来た。


しかし残額の150万円は、川崎市民からの寄付を集めなければならない。アクト川崎理事長で、地元が国際交流センターにも近い竹井斎さん(写真)が中心になり、去年11月から大急ぎでパンフレットを作成し、12月にはドキュメンタリー映画「不都合の真実」の上映会を兼ねた市民共同発電所キックオフイベント。この際、予想以上に多くの人たちが応援に駆けつけ、「思った以上に早く集まったのでびっくりした」と、地元のパイプ役として活躍した竹井さんは振り返る。

「市民、事業者、商店街など多くのかたにご協力いただいた。阿部市長さんもロータリーなど会合にご出席された折に募金への協力を呼びかけをしてくださったそうで、それぞれの立場でみんなが応援してくれた。」(岩本さん) 結果、当初の予定よりも早く目標金額を集める事ができ、第2号機への夢もつながっている。

竹井さんは言う。「一番苦労した事は、最初のうち、市民のベクトルを合わせることでした。情報や思いの差を縮めるために、何回も打ち合わせを重ねました。」「粘り強く、確実に、地元に根ざし、身の丈にあった普及活動」(REPP理事長、都筑建さん)を行なった故に実現された、今回の市民共同おひさま発電所。様々な意識や考え方のズレを乗り越えて夢を実現できた要因を竹井さんに聞くと、「あきらめなかったから」と重く輝く言葉が返って来た。

誰一人欠けても実現しなかったプロジェクト

「市民共同発電所」とは言ったものの、このプロジェクトは純粋な市民の力だけで達成できたものではない。「市民、事業者、学校、行政がそれぞれ主体的に取り組み、必要に応じて連携、協働していることが特徴」(竹井さん)だ。関わった全ての人のコラボレーションの上に成り立った発電所で、「誰一人欠けても出来なかった」(岩本さん)。

廣瀬さんは、「市民の皆さんが主張するだけじゃなくって、夢を形にするために実際に行動を起こした、ということが行政を動かす力になったんです」と話す。未来を創造するための確固たるビジョンを描き、それを実現するために行動を続ける情熱は、必ず周りに飛火する。

全て自分たちでやり遂げると意固地になっていたり、行政と対立関係を築いている市民活動は、地域の力を生かしきれない。発電所の実現は、立場を越えて手をつなぎ合い、確固とした信頼に基づく協力体制による所が大きい。これからの市民活動が目指すべき一つの注目すべき参考事例が、市民共同おひさま発電所設置までの経緯に見てとれる気がした。

8月24日、点灯式で「おめでとうソーラーはつでん」の文字が光った時。竹井さんは「ここまで来たか。みんなここまで頑張って、いろいろな苦労があって、みんなよくやったな。」と感慨深かったと言う。

さらに未来につながる夢

「市民共同おひさま発電所の設置は、目的ではなくスタートです」と語る、岩本さん。ここからどこを目指して活動を続けるのか。今回インタビューさせて頂いたお三方に、未来の夢を伺った。

まずは「屋根という屋根にソーラーパネルがついたらすごいですね!」とおっしゃる竹井さん。「区ごとの取り組み、地域の取り組み、町内会・自治会の取り組みへと広がって行く事を期待」されているそう。そんな発展をしていくためには、今回の発電所の成功事例が大きく発信される必要がある。国際交流センター付近には、太陽光発電が設置された施設が他にも東急東横線元住吉駅(140kW)や市立井田小学校(約5kW毎年増設中)など2カ所あり、真ん中には環境配慮で有名なモトスミ・ブレーメン通り商店街が走る。ここをエコゾーンとしてモデル地区として売り出し、国際交流センターのホテルで宿泊してもらって修学旅行や視察旅行に訪れてもらう等、ブランド価値を高めて行ってはどうか。

そして行政マンの廣瀬さん。「今までエネルギーは、国が関与して決定していましたが、これからは地元で作る時代です。だから地方自治体の役割は大きい。川崎市も予算がとれれば、東京都のように大きくコミット出来ます」と地方自治体の役割を強調。また「市民共同(寄付)ではなく、市民出資という方法が理想です。ただ、再生可能エネルギーを取り巻く価格の問題や様々な制約を考えると、今のところ出資の形態は難しいのが現状。サポートするような仕組みが出来て始めて、出資ができるわけです。将来的には条件がそろって、市民出資が出来ると良いですね」と語る。

岩本さんも「ここで発電した電気の、グリーンな価値を活かしたい。市がグリーン電力を買うばかりではなく、売るようになって欲しい。そうすれば市民出資への挑戦が出来る」と話す。良く言われる「エコノミーとエコロジーの両立」を達成良く言われる「エコノミーとエコロジーの両立」を達成するまで、あと一歩。川崎市の市民を中心とした夢への挑戦はこれからも続く。

(聞き手・執筆/丹羽順子…環境ジャーナリスト。CCかわさきのブログ制作を担当。「人」に焦点を当てた、手ざわり感のある記事を今後も発信していく予定。ご自分の関わっているプロジェクトを発信されたい方も、お気軽にご連絡を!)


2 Responses to “特集:市民共同おひさま発電所が出来るまで”

  1. koko Says:

    太陽光発電の場合、ドイツでは買い取り価格が日本の3倍だそうです。また平均的な家庭の電気代は月9000円で、そのうち約500円は新エネルギーへの負担にまわされます。太陽光発電が急速にのびている国では、強力な政策があるからで、韓国などでもこの制度を取り入れています。福田ビジョンを実現するためには、新エネルギーの普及に弾みをつける制度への移行が不可欠。市民が元気なのですから、それに見合う政策が必要だと感じます!

  2. 小島 博記 Says:

    長い道のりと、くじけない継続のたまものですね。竹井さんがおっしゃる通りだと思います。途中で投げ出さない粘りが実を結んだと思います。上手に周囲の力も借りてみんなで仕上げることも大事ですね。今後もソーラーパネルの設置件数が広がりを見せてくれることを心より願っております。最近は自動車会社もソーラーパネルを生産販売するようになりました。供給サイドも広がりを見せています。よいものを供給しようと切磋琢磨が始まりつつあるようにように思います。こうして複合的なスパイラルが大きくのびやかな回転をしていってくれればよいと思います。皆様方のますますのご活躍をお祈りします。

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